相続税申告の財産目録づくり、AIに下書きを任せてもいいのか
結論:資料の整理・一覧化はAIに任せてよいが、評価額の判定は資格者が行う
相続税申告の財産目録づくりでAIに任せてよいのは、通帳や登記事項証明書、証券会社の残高証明などから情報を拾って一覧に整理する「下書き」の工程までです。土地の評価方法の選択や特例適用の可否といった判断は、AIに委ねてはいけません。これは業務効率化の是非ではなく、財産目録が申告書の土台であり、最終的な数字の妥当性に税理士が責任を負うという構造上の線引きです。
なぜこの線引きが答えになるのか
相続税申告の実務は、大きく分けると「資料を集めて整理する工程」と「評価して判断する工程」に分かれます。前者は預金残高や不動産の固定資産税評価額、生命保険金の受取額などを転記し、漏れなく一覧化する作業で、時間はかかりますが判断の余地はそれほど大きくありません。後者は、小規模宅地等の特例が使えるか、非上場株式をどの評価方式で計算するかといった、税理士の知識と経験が問われる領域です。
AIが得意なのは前者です。テキストや表形式の資料から情報を抽出し、フォーマットに沿って並べる作業は、読み込ませる資料の質さえ整っていれば精度高くこなせます。一方で後者は、個別の家族関係や取得者の状況、過去の裁決事例まで踏まえた総合判断が必要で、AIの回答をそのまま採用すると、過少申告や特例の適用誤りにつながるおそれがあります。国税庁の相続税申告の手引きでも、財産評価は財産評価基本通達に基づく個別判断が前提とされており、この部分を機械的な処理に置き換えることはできません。
具体的にどう進めるか
財産目録作成の工程を分解し、どこまでAIに任せるかを事務所内で明文化しておくと、担当者ごとの判断のばらつきを防げます。
| 工程 | AIに任せてよいか | 内容 |
|---|---|---|
| 資料の読み取り・転記 | ○ | 通帳コピー、残高証明書、登記事項証明書などから数値・名義を抽出し一覧化 |
| 財産目録のフォーマット整理 | ○ | 相続人ごと・財産種類ごとの並べ替え、抜け漏れチェックリストの作成 |
| 必要書類リストの下書き | ○ | 案件の内容(不動産あり・非上場株式ありなど)に応じた収集書類の一覧作成 |
| 土地の評価方式の選択 | × | 路線価方式・倍率方式の判断、評価減の適用可否 |
| 特例適用の可否判断 | × | 小規模宅地等の特例、配偶者控除などの適用判断 |
| 申告書の最終数値確定 | × | 資格者による確認・押印を伴う最終判断 |
進め方としては、まず担当者が資料をスキャンまたはテキスト化し、AIに「財産の種類・名義人・金額・取得日が分かるように一覧表にしてほしい」と指示します。次に、出てきた一覧を担当者が原本と突き合わせて確認し、抜けている資料があればAIに「不足している可能性のある書類」を洗い出させます。この段階までは下書き作業として問題ありません。評価額を確定させる段階からは、通達や過去の取扱いを踏まえて税理士自身が判断し、AIの出力はあくまで参考情報の一つとして扱う体制にしておくことが大切です。
守秘義務についても触れておく必要があります。相続税申告で扱う情報は、被相続人の資産状況や家族関係など極めてセンシティブな個人情報です。AIツールを使う際は、入力データが学習に使われない設定(学習オプトアウト)になっているか、法人向け・業務用プランを利用しているかを必ず確認してください。無料の個人向けプランをそのまま業務に使うのは避けるべきです。
筆者の自社運用から
筆者自身、経費の記帳作業は長らく後回しにしていて、確定申告の時期にまとめて何時間もかけるのが常でした。今は会計ソフトに毎月取り込むだけで、作業時間は10分ほどで終わっています(※あくまで筆者の体感です)。これは判断ではなく整理の作業だからこそAIやソフトに任せられる部分で、相続税申告の財産目録づくりも同じ発想で、整理と判断を分けて考えることが鍵になると感じています。
やらない方がいいケース
次のような場面では、AIに下書きを任せること自体を見送るか、慎重に扱う必要があります。
- 相続人間で争いがあり、財産の内容や取得者について認識の相違がある案件。情報の解釈を誤ると紛争を助長しかねません
- 非上場株式や事業用資産など、評価方式の選択自体が申告額を大きく左右する財産が含まれる案件。下書き段階から資格者が主導すべきです
- 資料が手書きや癖のある筆跡で、読み取り精度に不安がある場合。誤読をそのまま一覧化すると後工程での確認が余計に増えます
- 顧問先から預かった原本データを、学習オプトアウトが確認できないツールに入力しようとしている場合。守秘義務の観点から使用を控えるべきです
最初の一歩
次に相続税申告の案件を受けたら、まず一つの案件だけで「資料の転記と一覧化」だけをAIに任せてみてください。評価や特例判断には手を出させず、下書きの精度と、原本との突き合わせにかかる時間がどう変わるかを見るところから始めるのが、無理のない導入の進め方です。
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